「菊竹清訓 山陰と建築」展の記念講演会に参加して。
皆さま、こんにちは。
アートブロガーの町平亮です。
「菊竹清訓 山陰と建築」
会期:2021年1月22日(金)~3月22日(月)
場所:島根県立美術館
この展覧会を記念した講演会が、去る2月7日に開催され参加してきました。
講師は千代章一郎先生です。
(島根大学 学術研究院 環境システム科学系 建築デザイン学コース教授)
講演会のタイトルは「風景の建築家 菊竹清訓」。
90分のお話で専門知識もない身ですが、メモを取りながら耳とステージのモニターに集中して、講演会が終わった時にはすっかり頭痛が始まってしまいました。
自宅にもどり、展覧会チラシとその余白に書き込んだメモを見ながら、気になったポイントをまとめたのが次のとおりです。
①菊竹建築の特徴は柱と屋根にある。
②精密な設計図面。驚きの手書き。
③「か・かた・かたち」理論は日本の芸道論(例えば、茶道や武道)に通じるものがある。
④日本の建築家は自邸を通して、自らの建築哲学を表現し、住まうことでその理論を深める傾向がある。
⑤西欧の建築は永続性や完結性を求めるものが常だが、日本の建築は時間の経過とともに変わることをも良しとする。
⑥日本建築の変化性は平安時代の寝殿造りから見てとれる。それは建具で室内を区切ることで、自由自在に部屋の間取りを変えられるようなこと。
特に目からウロコだったのが、①の柱と屋根の話です。
展覧会名に山陰が入っているように、島根県の松江市には菊竹建築作品が集まっています。建設年順に列挙しますと、
・島根県立図書館(1968年)
・島根県立武道館(1970年)
・田部美術館(1979年)
・島根県立美術館(1998年)
実は講演会の前に展覧会を見てしまったので、後付けで納得した話なのです。
説明を受けて、なるほど確かに柱と屋根が妙に気になるようになりました。
一見すると奇をてらっただけのデザインかと思いたくなりますが、実は周囲の環境との調和や建物内の空気の流れを計算しての形であったりするそうです。
このような話を聞いてしまうと、これから他の建築家の作品でも柱と屋根ばかりに気を取られそうになる予感がします。
④~⑥は日本の建築のある側面の話です。これらを一般論として捉えてよいかどうかは、自分なりにこれからしっかりと消化しなくてはなりません。ただ、講演で聞いたときにはすごく腑に落ちました。建築における日本人論、なんて言うと硬すぎるテーマですが、今後もし海外で暮らすようなことがあれば(おそらくはないですけど)、日本家屋の心地よさの原点が見えた気がしました。
もし良ければ、noteで書いている記事もどうぞ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
第67回 日本伝統工芸展の話です。
皆さん、こんにちは。
アートブロガーの町平亮です。
今日は第67回の日本伝統工芸展の話をしようと思います。
原文は下記の「しまね暮らし」というサイトで掲載しています。
そのうちの[しまねの美術]コーナーで記事を書いています。
本日はその内容をコンパクトに修正・加筆してお届けします。
島根県での第67回展の開催概要は、
2020年12月2日(水)~12月25日(金)までの期間で、
島根県立美術館で行われました。
本展は巡回展となっており、今後は最後の広島県立美術館で
2021年2月17日(水)から3月7日(日)まで開催されます。
日本伝統工芸展へは前回展が初めてですので、まだまだ初心者です。
その鑑賞レポートはnoteで記事にしていますので、良ければ読んでみて下さい。
本展の主催団体で公益社団法人日本工芸会が展覧会を紹介するYouTube番組を公開しています。本日(2/14)時点で確認したら、まだ見られました。入選作品の見どころなどが解説されていますが、工芸作品の全般的な見方の指南も感じられます。
出演されている方々は、
中田 英寿(元サッカー日本代表・国立工芸館名誉館長)
内田 篤呉(MOA美術館長・日本工芸会常任理事)
室瀬 和美(重要無形文化財「蒔絵」保持者・日本工芸会副理事長)
なんで中田英寿さん??
最近は日本酒の普及でよくお顔を拝見していましたが、昨年の10月、石川県金沢市に移転した国立工芸館の名誉館長に就任されていたのですね、納得。中田さんは私と同い年なので、サッカー選手を引退されてからの様々な分野でのご活動には驚かされるばかりです。 www.nihonkogeikai.or.jp
さて、日本伝統工芸展は各地で開催されますが、その楽しみの一つに地元作家さんの講演会やトークショーなどのイベントがあります。
昨年はちょうど鑑賞日にギャラリートークに参加することができ、七宝作家の方のお話を聞くことができました。あれからもう1年、七宝についての知識はほとんど増えていませんが、作品を直接見るだけではなく、作家の方から制作にまつわる話を直に聞ける機会は限られていますので、タイミングが合えば積極的に参加するようにしています。
※2月17日からの広島県立美術館での展覧会はHPで見ると、各種イベントが中止になっているようですので、事前に確認ください。
伝統工芸作品には、長い漢字の作品名がよく付けられています。いったいどこで区切ればいいのだろうか、そもそも漢字の読み方がわからないということが多々あります。でも、そのタイトルこそが鑑賞の大きなヒントなのです。そこには素材や技法や作品のモチーフなどが書かれており、気になった作品だけでもタイトル名の分解にチャレンジしてみてください。
最近は明治時代以降の工芸作品が(特に超絶技巧と呼ばれるような作品)、注目を浴びています。日本伝統工芸展に出品されている作品は、伝統を受け継いで作られていますが、同じ時代を生きている作家の方々が作った、いわば現代アートと言える作品です。難しく考えすぎずに見に行ってもらえると、きっと楽しめるのではないかと思います。
では、ここからは鑑賞レポートと言いたいところですが、今回は関連イベントとして開催された地元作家対談「山陰の伝統工芸 これまでとこれから」について書こうと思います。
漆芸作家の高橋香葉さん(松江市)と染織作家の松浦弘美さん(松江市)の対談です。
美術や芸術の世界においては作家自らが作品のことを語るのは、良しとする人、そうでない人、いろいろな意見があります。作家自身でも語りたい人、語らない人、さまざまです。ライナーノーツ、あとがき、舞台裏、制作ドキュメント...いろいろな言い方がありますが、私は、それが、好きな方です。漫画家の浦沢直樹さんが企画されている「漫勉」とか、よく見ています。伝統工芸においても然り、と感じました。作家本人の口から語られる表の話と裏の話は、漆芸と染織への入り口がぐっと身近になりました。
漆芸作家 高橋香葉さんの話より
高橋さんは漆芸の中で籃胎(らんたい)と呼ばれる手法を使われています。日本工芸会東日本支部のHPに解説があるので引用します(筆者抜粋)。
漆芸とは
まず漆(うるし)の木にキズをつけ、滲み出した樹液を採取し目的別に調整します。
これを接着剤にしたり、塗料として使用しますが、その他に形そのものを造ることもできます。
また装飾材料としても使用されています。漆芸は古来より日本や中国、朝鮮半島や東南アジアなどで発達してきた東洋独自の分野です。特に日本の漆芸は高度な技法が現代に伝えられています。
漆芸はいろいろな素材と道具と様々な技法によって出来上がりますが、ここでは素地、塗り、加飾(装飾)の順に説明します。素地(きじ)とは
漆塗りをするためには素材を加工し器物(形)にする必要があります。
その器物(形)を素地といいますが、その素材に木材を使った指物・挽物・刳物・曲輪・巻き上げなどの技法を使った木胎があります。また麻布等の布を使った乾漆という素地や竹を編んだ籃胎、紙の紙胎、皮革の漆皮、金属の金胎、陶磁器の陶胎などもあります。
このように漆芸と一括りにしても、器の素材を何にするかでも随分と種類があります。
登壇者のお一人、高橋香葉さんの本展での入選作は「籃胎存清小箱「青葉若葉」」というタイトルです。
この籃胎(らんたい)は前述のとおり竹を編んで器(今回は小箱)を形成します。しかし竹といっても作家本人が竹ひごから作る場合もあり、特別な鉋(かんな)で厚さを調整していきます。さらに驚いたことに、竹の節の部分は素材として適さないため、節と節の間が長い竹を自ら探しに行くこともあるそうです。
また、染織やほかの分野の工芸品も同じだということですが、お二人ともに強調していた話に作品の耐久性があげられます。美術品としてその美しさを鑑賞することが第一の目的ではなく、あくまでも道具として使えるものになっているかが肝心だという話です。染織でいえば着物として身に付けるうえでの丈夫さ、着こなしやすさなどもしっかりと熟慮して作られています。
どれももちろん展示品なので触れることはできませんが、持ち上げて底を見たり、引っぱってみたり、軽く叩いてみたり、などが出来れば、目立たないけれどもそれぞれのモノとしての土台的な部分に気づけそうな予感があります。
染織作家 松浦弘美さんの話より
松浦さんの話でも、まずは前述のように解説を引用します(筆者抜粋)。
鑑賞の手引き
染めには、友禅・型絵染・江戸小紋・長板中形・木版染・絞り染・ローケツ染など。
織物には、紬織(つむぎおり)・錦織(にしきおり)・紋織(もんおり)・羅(ら)・上布(じょうふ)・縮(ちぢみ)・絽(ろ)・縮緬(ちりめん)・綴(つづれ)・風通(ふうつう)など。
他には、組紐(くみひも)・刺繍(ししゅう)・佐賀錦(さがにしき)などがあります。
さらに同サイト内に第62回日本伝統工芸展で初入選をされた際のコメントが掲載されていました。
松浦弘美
ほら絽織菱絽生絹着物「風を纏う」(No.269)
ほら絽織は、隣り合った2本の縦糸を、絡み、もじれさせてから横糸を1段織り込み、さらに次の段でまた同じ縦糸を、絡み、もじれさせる織り方です。
つまり1段の横糸の上下に縦糸の絡みによって小さな隙間を作るのです。この隙間の連続模様を菱形にして、着物全体に菱形が浮かぶように織り込んだものが、ほら絽織菱絽です。初めてほら絽織菱絽に出会ってから長い年月が過ぎました。布としての強さと、透ける美しさの相反する願いを手にするために、生絹の精錬や織り方など、自分なりの工夫を重ねて、のめりこみ、追い求めてきました。
とんぼや、かげろうの羽根に憧れます。夏の風を纏い、爽やかにゆれる着物になれば幸せです。
鑑賞の手引きを読んでわかることは、染めにも織りにも種類がたくさんあり、その技法の組み合わせが作家さんの個性となり作品に結実していることです。
前述のコメントでは、「ほら絽織」「菱絽」の技法が説明されていますが、対談ではPowerPointを利用しての説明がありました。機織り機での工程を真上から見た組織図というものが染織にはあり、一見すると楽譜のように思えました。着物をつくるための反物の設計図ですが、素人にはなかなかこの組織図だけでは完成形はイメージできません。「ほら絽織」「菱絽」を文章に頑張って説明してみると、隣合う2本の糸をある地点で交差させていきますが、その間隔・隙間の長さを少しずつ変化させて、「∨」形から「Λ」形へ連続するように縦糸と横糸を動かして菱形を作っていく感じだとお話を聞きながら解釈しました。
伝統工芸品を実際に買ってみようと思うと、本当に高価なものは高いです。たとえ手にできたとしても、使っていて壊してしまったらどうしようと、箱に入れたままになってしまいそうな気もします。鑑賞用としてコレクションしていくという楽しみ方もあるとは思いますが、この対談を聞いた後だと使い込んでその良さが分かるのだろうという気もします。伝統工芸の楽しみ方は人それぞれです。
山陰や中国地方にも伝統工芸作家さんがたくさんおられます。その地方に根ざした技法や素材を使った工芸品をこれからも応援していこうと思います。
本日は伝統工芸の魅力をほんの少しだけご紹介しました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
2021年のアート系:読書レビューの備忘録
アートブロガーの町平亮(マチヘイスケ)です。
このページでは2021年に読んだアート系の書籍の読書感想文をまとめています。ブクログの本棚で書いているレビューです。
今年1年どんな本を読んで、どんなことを思ったのかを後々になってずらっと見返したくて始めました。月1回はアップするのが目標です。
1、『昭和モダン建築巡礼(西日本編)』
文:磯達雄 / イラスト:宮沢洋
出版社:日経アーキテクチュア編(2006年10月30日発行)
〈レビュー/2021年1月26日付〉
文章、イラスト、写真で構成されている本です。
ページを開くと左側にイラストや写真が、右側に文章が配置されています。
全体的に余白が多く、キッチキチした感じがなく目に優しいです。
文章は建築物の様式とか構造とか専門的なことばかりでなく、建築家の人柄やその土地のこぼれ話などもあり、決して建築の玄人向けの内容になっていないのも良いです。
地元(島根県)の美術館で菊竹清訓氏の展覧会が開催されることを知り事前に勉強しておこうと、図書館で借りてきて読みました。
本書で菊竹氏の建築としては、「都城市民会館(宮崎県)」と「東光園(鳥取県)」が紹介されています。
巻末には本書の執筆者である磯達雄氏と橋爪伸也氏(大阪市立大学都市研究プラザ教授※2006/10/30発行時)の対談が掲載されています。菊竹氏も関わっていたメタボリズム建築運動のことも話題にのぼり、これからの建築の見方や楽しみ方の参考になりました。
2、『西日本のうつわと食をめぐる、手仕事旅行』
出版社:京阪神エルマガ
〈レビュー/2021年1月13日付〉
日本伝統工芸展をきっかけに工芸品に興味を持つようになり見つけた本です。内容は陶芸や焼き物のその窯元や販売店、それらと地域の食とをつなげたお薦めの旅を紹介する本です。はじめのページから引用させてもらうと、「手仕事の現場はもちろんのこと、郷土の味や好きな場所までを1泊2日のツアー仕立てでご紹介する」とのこと。器は誰もが日々の暮らしの中で使う工芸品、と言うか生活雑貨と呼べるものです。用の美を意識する入り口としては最適ではないかと思いました。
さて、本書では岡山県倉敷、鳥取県、島根県、兵庫県篠山、信楽・伊賀の5つの地域が取り上げられています。私のホームグラウンドは島根県ですが、この本では3つの窯元が紹介されています。しかし、島根県には「ふるさと伝統工芸品」という制度があって、ここでは15の窯元・焼き物があげられています。
掲載されている写真も豊富でキレイだなあ、かわいいなあと思うだけではなく、しっかりと硬め説明もあります。それが良い意味で書き過ぎていない解説なので、知らない言葉が出てくると調べてみたくもなります。1泊2日と言わずに自分なりの旅行計画を立てたくなる本です。
次回に続く。
2020年のアート系:読書レビューの備忘録
アートブロガーの町平亮(マチヘイスケ)です。
このページでは2020年に読んだ(読んでいる)アート系の書籍の読書感想文をまとめています。ブクログの本棚で書いているレビューです。
今年1年どんな本を読んで、どんなことを思ったのかを後々になってずらっと見返したくて始めました。
1、『すべてのドアは、入り口である。現代アートに親しむための6つのアクセス』
著者:原田マハ、高橋瑞木
出版社:祥伝社
〈レビュー/2020年1月27日付〉
著者お二人の対談を軸に、それぞれが向かったアートスポットへのレポートが織り交ぜられ、現代アートをテーマにした本ではあるが、とても読みやすかった。
20年来の友人でもあるので、対談といっても堅苦しい感じがなく、カフェでコーヒーでも飲みながら会話をしているような雰囲気がしました。
出版されたのが平成26年12月20日であるので、内容的には少し前の頃の話ですが。
お二人が現代アート作品のどの部分で会話が盛り上がっているかを読むと、現代アートへの向き合い方のヒントが見えてきます。
[二人が選ぶ、今知っておきたいアーティスト」の章では15名(ユニット含む)が紹介されています。
そのなかには、2020年度に展覧会が開催されるアンディ・ウォーホルとオラファー・エリアソンの名前もあります。
そして、[瀬戸内のアートと旅]、[日本的風土と現代アート]の章では美術館を飛び出したアートの楽しみ方が書かれています。
日本各地で〇〇トリエンナーレと言われるような郊外型の芸術祭がひろく開催されるようになりました。
今や芸術も参加型や体験型のイベントとなり、その際のキーワードは【地方】と【美術館ではない場所】かと思います。
現代アートをめぐる多様性や多面性は年々タテにヨコに広がっています。
著者のお二人はアートの世界で長く働いているので、次から次への現代アーティストの名前や過去の展覧会の話題が出てきます。
そのあたりのことは自分で調べないとついていけない感がありますが、まずはサラッと一読するだけで現代アートへの入口のドアは昨日までより入りやすくなりました。
2、『現代アート、超入門!』
著者:藤田令伊
出版社:集英社新書
〈レビュー/2020年1月28日付〉
まずは本文より、印象に残った一文です。
〈美術といいながら、必ずしも「美」を表現するものではなくなった〉
展覧会や美術館巡りを趣味にしている人には、好きな分野やジャンルがあると思います。
いわゆる現代アートと括られる作品やアーティストが好きな方もいるでしょう。
逆に、現代アートだけはよく分からない、という人もいるでしょう。
本書は何らかの理由で現代アートを避けている人の入門書として書かれています。
せっかくの休日に、時間とお金をかけて現代アート展に行ったにもかかわらず、頭をフル回転しすぎてぐったり疲れてしまったでは悲しいです。
落ち着いて、余裕のある気持ちで作品を見続けるためにはどういう準備が必要なのでしょう?
著者は自身を美術の専門家ではなく、フツーの感覚をもってアートを見ている人と言っています。
フツーの感覚で現代アートを理解するために、著者は12人のアーティストの作品を例にして説明します。
それは12通りの現代アートの見方を紹介する入口であり、現代アート作品に対峙するときの12通りの心構えでもあります。
美術についての専門用語も少なく、スラスラと読み進めることができました。
アートの見方は人それぞれとは言いますが、そこに美しさを求めるのは万人に共通の思いではないでしょうか。
しかし、最初の一文。
私はこれを読んで少しホッとしました。
作者が「美」を表現していないかもしれないなら、眉間にしわを寄せて細目になって美しさを追求する必要なんてないんだと気付かされました。
次からは身軽な頭と心で現代アートを鑑賞できそうです。
3、『日本列島「現代アート」を旅する』
著者:秋元雄史
出版社:小学館新書
〈レビュー/2020年2月26日付〉
本のタイトルそのまま、日本各地に置かれた国内外のアーティストによる現代アート作品が紹介されています。その選出にあたっては、著者の秋元雄史さんのプロフィールを引用するのがよいでしょう。
【1955年東京生まれ。東京藝術大学美術学部卒。1991年から福武書店(現・ベネッセコーポレーション)に勤務。国吉康雄美術館、ベネッセアートサイト直島の企画・運営に携わり、家プロジェクトなども担当。92年からベネッセアートサイト直島のチーフキュレーター、2004年から06年まで地中美術館館長。現在は金沢21世紀美術館館長、東京藝術大学美術館館長・教授を務める。現代アート研究の第一人者として、数多くの斬新な企画を展開。現代アートの他に、「工芸未来派」展の企画など、工芸の普及にも力を入れている。(2015年)】
本書は著者が深く関わってきた現代アートの仕事をなぞるような内容です。
書籍や研究から得た知識だけではなく、実体験を伴った者が発する言葉を要所要所に感じます。アーティストの気持ちに寄り添いつつ、その作品の鑑賞者となる一般の人々にどう見えるか、その見せ方や伝え方にも気を配っています。
本書で紹介されている作品のほとんどは、恒久的に特定の場所に設置された作品です。その作品のために建設された美術館があるくらいです。鑑賞するためにはその土地に行くしかありません。待っていても地元の美術館に巡回されることはありません。
これら現代アート作品の共通点を無理やり考えてみると、それは“観る以上”だと思います。すべてではありませんが、1日の時間の経過や天候や自然現象が作品の見え方に影響を与えています。鑑賞者は意識するしないにかかわらず、そのときに出現する光や風の存在を感じます。それらを含めて作品が成立しているのです。鑑賞者に対して、目で観る以上の感覚を研ぎ澄ますように促してきます。
展覧会で観る絵は基本的に今日も明日も同じものです。それを変化させるには本人の気持ちの問題、受け取り方で左右させるしかありません。しかし、屋外型の現代アート作品を例にすると、今日が晴れで、明日が雨なら、現実的に観える景色が変わってしまいます。本人の気持ちの問題以前に、作品の見え方に変化が生じます。
ここまで割り切って、または開き直って、正解がひとつではないのだと思えば、現代アートも少しは気楽に見れそうです。
4、『画家名で探す 日本で見られる西洋名画』
著者:小学館「週刊西洋絵画の巨匠」編集部
出版社:小学館
〈レビュー/2020年3月15日付〉
美術館や展覧会に行けないときはアート本を読もう。
本書は小学館が刊行していた「週刊西洋絵画の巨匠」(2009年1月~2010年2月)が元になっています。
さすがに全ての画家および作品を取り上げることはできず、代表的なものが載っています。
2010年6月時点の情報のため、2020年3月においては作品名や美術館名が少し変更になっているものもあります。美術館名が変わることは諸々の事情があってのことでしょうが、作品名は訳し方によるものでしょうが、なぜ変えようと思ったのか気になります。
本書はカタログ的、ガイドブック的な内容のため、1ページ目からめくらずに好きな画家の章から気軽に読めます。パラパラとページをめくって「この絵、見たことあるなあ」と思ったら付箋をつけ、自分が持っている図録や展覧会の作品リストと見比べました。
すると、記憶から抜け落ちている作品がいくつもあることにびっくりしました。
本書に掲載されている作品のなかで、最近行った展覧会で目にしているものを数えると、
ひろしま美術館の「印象派、記憶への旅」で17作品、
国立西洋美術館の「ルーベンス展ーバロックの誕生」で2作品、
国立西洋美術館の「松方コレクション展」で11作品、
を見ているにもかかわらず、思い出せないものがありました。
展示されている作品数にもよりますが、ひとつの展覧会での鑑賞時間はだいたい1時間半~2時間くらいです。常に集中して絵を凝視しているわけではありませんが、イメージの残像は記憶の片隅は残っているだろうと思っていましたが、そんなに甘いものではなかったです。
ただ、本書のおかげで図録を読み返すきっかけにもなりました。
本棚の装飾として置かれているだけなのも申し訳ないので、復習としてとてもよかったです。
5、『原田マハの印象派物語』
著者:原田マハ
出版社:新潮社とんぼの本
〈レビュー/2020年4月16日付〉
アートファンにとってはお馴染みの作家である原田マハさんの印象派の画家たちにまつわる本です。
内容は数名の印象派画家を取り上げた短編小説ならびにその画家の人生の足跡。
各エピソードはとても短いですが、有名になる前の若い頃の話であったり、画家の奥さん目線で書かれてあったり、フィクションの部分もあるでしょうが、画家の素顔の一面が知れたような気になります。また、画家の年表がコンパクトにまとめられていて、生い立ちから他の画家との関係性などが分かり、自分でももっと調べてみたいと思わせられます。
フランスのノルマンディー地方をめぐった紀行文。
私はフランスには行ったことはありませんが、もし行くことができればこんな風に印象派の時代の風を感じる旅行がしてみたいです。
現在(2020年4月)、三菱一号館美術館で館長を務めている高橋明也氏との対談。
ひとつの展覧会が開催されるまでの裏側の話が聞けたり、新しい展覧会の楽しみ方の幅が広がりました。
とても盛りだくさんで贅沢な作りになっています。
取り上げている作品の写真も1ページを使って、見やすくキレイです。
原田マハさんの長編小説を読んだことのない人にとっては、アートを楽しむための良い入口となる本になることでしょう。
ところで、日本では印象派の画家や作品はとても人気があります。展覧会もさまざまな切り口で頻繁に開かれています。しかし、当時の本物の印象派展は第1回が1874年4月に開催され、その後、計8回行われました。現在では印象派と聞いて連想できる画家は少なくないと思いますが、この8回すべてに参加した皆勤賞の画家はカミーユ・ピサロただ一人です。印象派の画家たちに影響を与えたマネは参加していませんし、モネやルノワールはドガと意見が合わない時期もあり出たり出なかったり。最後の第8回目は1886年であり、ゴッホが名作と呼ばれる多くの作品を残したアルルに移住したのは1888年2月からです。当時の印象派画家の人間関係を見ていると、画家一人一人の視線から物語を紡ぐことができるので、まさに大河ドラマとして何本も制作できそうだと思ってしまいました。
6、『Art1 誰も知らない「名画の見方」』
著者:高階秀爾
出版社:小学館101ビジュアル新書
〈レビュー/2020年5月5日付〉
大原美術館の館長である高階秀爾氏(2020年5月現在)が、小学館版『週刊西洋絵画の巨匠』全50巻(2009年1月~2010年2月刊)で、毎号連載形式で発表されていた小論がもとになっています。全50巻ということで、50名の西洋画家が取り上げられていましたが、本書ではそのうちから24名が選ばれています。そして、3名×8テーマで分類された「絵の見方」についてさまざまな視点から解説されています。
例えば、第4章「見えないものを描く」では次の3名で構成されています。
・科学者の目で美を見出したレオナルド・ダ・ヴィンチ
・人を物のように描いたセザンヌの革新的な絵画
・音楽を表現したクリムトの装飾的な絵画
このように国や時代や〇〇派などでくくられていません。各章ともに圧倒されるような文字数ではありません。ほかの書籍ではあまり横並びにされない画家同士のつながりのため、心地の良い場面転換のように読み進めることができます。
また、いわゆる大御所だけを集めていないのもおもしろいです。例えば、印象派の代表とも呼べるクロード・モネは取り上げられず、ベルト・モリゾがいたりします。
記述内容をもとに年表化してみたのですが、はじめの一行は「1390年頃ヤン・ファン・エイク誕生」となり、最後は「1973年ピカソ死去」となりました。
さて、勉強不足の私が本書で発見させてもらったのが、ヒエロニムス・ボスです。目次は第2章「時代の流れと向き合う 時代を代弁する告発者ボス」。
目に飛び込んできた作品が、《快楽の園》祭壇画(右翼中央部分)。第一印象はシュールレアリスムみたいで情報量がすごい、でも制作年は1505~16年頃。しかも写真で紹介されていたのは「地獄」と呼ばれる右パネルの中央部分のみ。実際には3枚セットの三連式の作品でプラド美術館で展示されています。
全般的に作品写真も多くきれいに印刷されており、解説も作品主体だけではなく、画家の背景を探るものであったり、なるほどこんな風に名画と向き合う方法もあるんだなと教えてくれる1冊です。
7、『いちばんやさしい美術鑑賞』
著者:青い日記帳
出版社:ちくま新書
〈レビュー/2020年8月9日付〉
アートファンの方ならきっと一度は訪れたことがあるだろう有名な美術ブログ「青い日記帳」。管理人の名前はTak(タケ)さん。ご本人は美術系の大学出身ではありませんが、年間300以上もの展覧会に足を運び、そのレポートを日々、活字にされています。
本書は美術鑑賞の初心者に向けて、西洋美術7章、日本美術8章として「しっかり味わう15の秘訣」が満載しています。ここで紹介されている15作品は、いずれも日本国内に所蔵先があります。年中展示されているわけではありませんが、見る機会は恵まれているでしょう。
美術鑑賞を趣味にする最初の一歩は人それぞれです。年数を重ねるうちに、好きなジャンルが幅広くなっていくこともあれば、気に入った美術分野をどんどん掘り下げていく人もいるでしょう。私自身は地方に住んでいるので、なかなか大型企画展に足を運ぶことができません。そのため狭く深くではなく、広く浅くの美術鑑賞になっています。でも、どうしても難しく考えてしまうジャンルがあって困っていました。工芸作品です。
これまで、日本伝統工芸展や柳宗理展、北大路魯山人の展覧会などに行っていますが、自分なりに楽しめているのか疑問を感じています。もっと技術的な凄さが理解できれば良いのではないかと、勝手に思ったりしています。
そんな不安定な気分のときに本書を読んでみました。本書では3つの工芸作品が紹介されています。
1、《蜻蛉文脚付杯》エミール・ガレ(サントリー美術館)
2、《曜変天目》(静嘉堂文庫美術館)
3、《藤花菊唐草文飾壺》並河靖之(清水三年坂美術館)
こまかく内容を書くとネタバレになってしまうので控えますが、なるほど工芸作品を見るポイントや楽しめるコツが書いてあります。一言だけ言うと、工芸品は絵画よりも暮らしに身近な道具であることです。壺であれ、器であれ、置き場所と設置する部分を高台と呼ぶそうですが、その高台が大好きな人もいるらしいです。車好きのタイヤマニアとか、城好きの石垣マニアみたいな感じでしょうか?無理して全体を論じようとするのではなく、まずは小さな部分、パーツを好きになってみるという方法も知りました。
もう一歩、踏み込めない美術分野があるならば、本書を読むことできっといいヒントを得られると思います。
8、『漂流郵便局:届け先のわからない手紙、預かります』
著者:久保田沙耶
出版社:小学館
〈レビュー/2020年8月30日付〉
漂流郵便局の成り立ちについて、本書のはじめに次のような注意書きがあります。
「漂流郵便局はプロジェクト型のアート作品であり、日本郵便株式会社との関連はありません」
そもそもは瀬戸内国際芸術祭2013の出品作品です。しかし、2020年8月時点においても、香川県の粟島に現実にこの郵便局は存在しています。
本書は2015年2月に発行され、2020年4月には2冊目の「お母さん」に向けて書かれた手紙を主にした本が出版されています。これまでに、いくつものメディアで取り上げられてきました。その結果、全国から届け先のわからない手紙が送られ続けています。
私も少し考えてみました。亡くなってしまった人だけでなく、例えば、初めて付き合った人のこととか。本気になって探せば、宛先が見つかるかもしれません。でも、伝えたい言葉は今のその人にではなく、当時のその人に対してであったりします。
現代アートと聞くと、インスタレーションのような空間芸術が思い浮かび、それは鑑賞するよりも、体験するものと言われています。
漂流郵便局は久保田沙耶さんのれっきとした作品です。しかし、この作品は鑑賞だの、体験だの、の枠を既に飛び越え、多くの人々の生活や生き様に深く関わる存在になっています。
漂流郵便局は誰かのものではなく、誰のものでもなく、作品ですらなく、特別な使命をもった郵便局なのです。普通の郵便局であれば、郵便物や荷物を送り主から一時的に預かって、指定されたお届け先に配達します。しかし、漂流郵便局に届く郵便物は、そこに留まります。預かっておくことが肝心な役割です。
その場所をゴールと呼んでいいのか分かりません。一回で満足する人もいれば、定期的に何度も手紙を送っている人もいます。
アート作品からは、癒しや美しいものを愛でて気持ちを落ち着かせることができます。漂流郵便局はそんな心やさしい作品とはいえない面もあります。この本を読んでしまうと、溜め込んでいたものを放つ、人をその気にさせてしまう何かが滞留しているからでしょう。
9、『初老耽美派 よろめき美術鑑賞術』
著者:高橋明也 冨田章 山下裕二
出版社:毎日新聞出版
〈レビュー/2020年10月26日付〉
専門分野は異なりますが、長年、美術史家としてご活躍されているお三方の趣味や好みが満載の内容です。良い意味で、忖度がないような美術鑑賞の対談集です。
あるひとつの章の大見出しは、「おっぱいとエロとエロスの話」です。。。
基本的に健康面の心配を軸に(!?)、真面目でかたい内容ではなく、どんどん読み進んでいけます。特に常設展をフューチャーしている部分は納得。私は2020年1月にゴッホ展で見たゴーギャンの作品《水飼い場》を地元の島根県立美術館のコレクション展で再び見たとき、その再会に不思議な感覚をおぼえました。会期末間際で超絶混雑していた上野の森美術館で見た絵が、そこではじっと絵の前で立ち止まっていても誰の邪魔になりません。同じ絵なのに、見る場所や時間や環境でこんなにも向き合い方が変わってしまうものなのかと驚きました。
本書の”はじめに”で、
[美術は「役に立たないもの」と思っている我々が書いたこの本は、当然ながら、役に立たない本です。とにかく、本書を手にとっていただいた方は、この本を役立てようなどとはゆめゆめ思われませんように。]
と書かれています
私は今、40代前半で初老の域に達していないため、どんな美術書を開いても何かしら吸収してやろうと読んでしまっています。本書もなかなかスルーできない文章があちこちにあります。つい、線を引いたり書き込みしたくなります。アカデミックな読み物を期待している人には期待はずれかもしれませんが、居酒屋で隣のテーブルに聞き耳をずっと立ててしまうトークを聞いているみたいです。やはりせっかくなので、大いに美術鑑賞のお役に立てようと思います。
展覧会で見た作品をまとめる:ギュスターヴ・クールベさん
こんにちは、アートブロガーの町平亮(マチ ヘイスケ)です。
こちらは備忘録のために書いています。詳しくは※1をご覧ください。
少しずつでも内容の濃い、楽しめるページにしていければと思っています。
どうぞよろしくお願いします。
※表示順は〈作品名〉・制作年・形態(高さ×横)・収蔵先です。その下に作品に関する内容を書いています。行った展覧会や買ったグッズなど。作品の記載順は制作年によります。なお、誤字脱字や記載内容に誤りがある場合には教えて頂けると嬉しいです。
〈牝鹿のいる雪の風景〉1866~69年、油彩・カンヴァス(46.3×55.6cm)、ポーラ美術館
2019年8月(ひろしま美術館)「印象派、記憶への旅」展。
〈雪の中の鹿のたたかい〉1868年、油彩・カンヴァス(60×80cm)、ポーラ美術館
〈波、夕暮れにうねる海〉1869年、油彩・カンヴァス(74.5×90.9cm)、ヤマザキマザック美術館
2019年9月(島根県立美術館)「黄昏の絵画たち」展。
〈波〉 1869年、油彩・カンヴァス()、島根県立美術館
2020年9月(島根県立美術館)「コレクション展」。
〈海岸の竜巻(エトルタ)〉1870年、油彩・カンヴァス(65×81cm)、横浜美術館
2019年8月(国立西洋美術館)「松方コレクション展」。
〈波〉1870年頃、油彩・カンヴァス(72.5×92.5cm)、国立西洋美術館
2019年8月(国立西洋美術館)「松方コレクション展」。
〈レマン湖の岸辺(急流)〉1875年頃、油彩・カンヴァス(61.5×50.1cm)、ランス美術館
2020年9月(島根県立美術館)「ランス美術館コレクション 風景画のはじまり コローから印象派へ」展。
noteで記事を書いています。
上記のように関連するときにはリンクを貼り付けていますので、よかったら見てください。
=======================================
〔作家解説〕(図録などで紹介されている文章の引用です)
『ポーラ美術館×ひろしま美術館 印象派、記憶への旅(青幻舎)』図録より
1846年のオランダ旅行の際、レンブラントの絵画と出あい、同時代の現実社会と人間の諸相を率直に描き出す写実主義に向かっていく。1855年、《画家のアトリエ》(オルセー美術館)がパリ万国博覧会美術展に出品を拒否されたため、会場近くで個展を開催した。彼の絵画をめぐる権力への反抗は、印象派など後の世代の画家たちの模範となった。
『ランス美術館コレクション 風景画のはじまり コローから印象派へ』図録より
1839年に法律を学ぶためパリに出るが、画家を志して新古典主義の画家シャルル・ストゥーバンのアトリエなどで学ぶ。1844年にサロン初入選。1850‐51年のサロンには《オルナンの埋葬》を出品するも、故郷の庶民の姿を堂々たる歴史画の形式で描いたことにより批判を受ける。1855年には《画家のアトリエ》などの出品をパリ万国博覧会から拒まれたこtに抗議するとともに、現実を理想化することなく直截的に表現する写実主義を宣言した。1871年のパリ・コミューンの先導者として投獄され、後に亡命したスイスで没している。
『黄昏の絵画たちー近代絵画に描かれた夕日・夕景ー』図録より
フランス東部フランシュ=コンテ地方オルナンの富裕な地主の家庭に生まれる。パリのアカデミー・シュイスに通い、1844年のサロンで初入選。1851年のサロンに《オルナンの埋葬》《石を割る人々》などの卑近な主題を大画面で表した野心作を発表し、レアリスム(写実主義)の画家として注目を集める。1855年のパリ万国博美術展では主要作品の出品を拒否されたため、会場の近くで個展を開催し、対抗的な態度を示した。1857年以降は狩猟画や風景画を数多く手がけ、広く受け入れられていった。1871年、パリ・コミューンに参加し、コミューン敗北後に入獄、その後スイスに亡命した。スイスのラ・トゥール・ド・ペルスで没。
*1:展覧会を見たあとの記憶をどうにか残していきたいと思って、このようなページを作りました。あれっ、この作品どこかでも見た、と思ったときに辿っていけるように。読み物としては面白みはないですが、続けた先に何かがみえるかもしれないと思って続けていっています。
展覧会で見た作品をまとめる:ポール・ゴーギャンさん
こんにちは、アートブロガーの町平亮(マチ ヘイスケ)です。
こちらは備忘録のために書いています。詳しくは※1をご覧ください。
少しずつでも内容の濃い、楽しめるページにしていければと思っています。
どうぞよろしくお願いします。
※表示順は〈作品名〉・制作年・形態(高さ×横)・収蔵先です。その下に作品に関する内容を書いています。また、作品の記載順は制作年によります。なお、誤字脱字や記載内容に誤りがある場合には教えて頂けると嬉しいです。
〈籠の中の花〉1885年、油彩・カンヴァス(45.3×53.5cm)、個人蔵
2019年8月(国立西洋美術館)「松方コレクション展」。
〈ボア・ダムールの水車小屋の水浴〉1886年、油彩・カンヴァス(60×73cm)、ひろしま美術館
〈水飼い場〉1886年、油彩・カンヴァス(57.5×70cm)、島根県立美術館
2020年6月(島根県立美術館)「所蔵コレクション展」。
〈ポン=タヴェンの木陰の母と子〉 1886年、油彩・カンヴァス(93×73.1cm)、ポーラ美術館
〈ブルターニュ風景〉1888年、油彩・カンヴァス(89.3×116.6cm)、国立西洋美術館
2019年8月(国立西洋美術館)「松方コレクション展」。
〈海辺に立つブルターニュの少女たち〉1889年、油彩・カンヴァス(92.5×73.6cm)、国立西洋美術館
2019年8月(国立西洋美術館)「松方コレクション展」。
〈扇のある静物〉1889年頃、油彩・カンヴァス(50×61cm)、オルセー美術館
2019年8月(国立西洋美術館)「松方コレクション展」。
〈小屋の前の犬、タヒチ〉1892年、油彩・カンヴァス(41.2×67.1cm)、ポーラ美術館
〈真珠のついた偶像〉1892~93年、ブロンズ(22.8×12.5×11cm)、ひろしま美術館
noteで記事を書いています。
上記のように関連するときにはリンクを貼り付けていますので、よかったら見てください。
*1:展覧会を見たあとの記憶をどうにか残していきたいと思って、このようなページを作りました。あれっ、この作品どこかでも見た、と思ったときに辿っていけるように。読み物としては面白みはないですが、続けた先に何かがみえるかもしれないと思って続けていっています。
展覧会で見た作品をまとめる:アンリ・ルソーさん
こんにちは、アートブロガーの町平亮(マチ ヘイスケ)です。
こちらは備忘録のために書いています。詳しくは※1をご覧ください。
少しずつでも内容の濃い、楽しめるページにしていければと思っています。
どうぞよろしくお願いします。
※表示順は〈作品名〉・制作年・形態(高さ×横)・収蔵先です。その下に作品に関する内容を書いています。また、作品の記載順は制作年によります。なお、誤字脱字や記載内容に誤りがある場合には教えて頂けると嬉しいです。
〈人形を持つ子供〉1892年頃、油彩・カンヴァス(67×52cm)、オランジュリー美術館
2020年1月(横浜美術館)「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展。
〈椅子工場〉1897年頃、油彩・カンヴァス()、オランジュリー美術館
2020年1月(横浜美術館)「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展。
〈嵐の中の船〉1899年頃、油彩・カンヴァス(54×65cm)、オランジュリー美術館
2020年1月(横浜美術館)「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展。
〈婚礼〉1905年頃、油彩・カンヴァス(163×114cm)、オランジュリー美術館
2020年1月(横浜美術館)「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展。
☆ブックマークを購入。
〈ジュニエ爺さんの二輪馬車〉1908年、油彩・カンヴァス(97×129cm)、オランジュリー美術館
2020年1月(横浜美術館)「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展。
noteで展覧会レポートを書いています。
こちらもどうぞよろしくお願いします。
*1:展覧会を見たあとの記憶をどうにか残していきたいと思って、このようなページを作りました。あれっ、この作品どこかでも見た、と思ったときに辿っていけるように。読み物としては面白みはないですが、続けた先に何かがみえるかもしれないと思って続けていっています。