マチヘイスケ@アートブロガーの納屋のような場所

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2020年のアート系:読書レビューの備忘録

アートブロガーの町平亮(マチヘイスケ)です。

このページでは2020年に読んだ(読んでいる)アート系の書籍の読書感想文をまとめています。ブクログの本棚で書いているレビューです。

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今年1年どんな本を読んで、どんなことを思ったのかを後々になってずらっと見返したくて始めました。

 

 1、『すべてのドアは、入り口である。現代アートに親しむための6つのアクセス』

著者:原田マハ、高橋瑞木

出版社:祥伝社

〈レビュー/2020年1月27日付〉

著者お二人の対談を軸に、それぞれが向かったアートスポットへのレポートが織り交ぜられ、現代アートをテーマにした本ではあるが、とても読みやすかった。
20年来の友人でもあるので、対談といっても堅苦しい感じがなく、カフェでコーヒーでも飲みながら会話をしているような雰囲気がしました。
出版されたのが平成26年12月20日であるので、内容的には少し前の頃の話ですが。
お二人が現代アート作品のどの部分で会話が盛り上がっているかを読むと、現代アートへの向き合い方のヒントが見えてきます。
[二人が選ぶ、今知っておきたいアーティスト」の章では15名(ユニット含む)が紹介されています。
そのなかには、2020年度に展覧会が開催されるアンディ・ウォーホルオラファー・エリアソンの名前もあります。
そして、[瀬戸内のアートと旅]、[日本的風土と現代アート]の章では美術館を飛び出したアートの楽しみ方が書かれています。
日本各地で〇〇トリエンナーレと言われるような郊外型の芸術祭がひろく開催されるようになりました。
今や芸術も参加型や体験型のイベントとなり、その際のキーワードは【地方】と【美術館ではない場所】かと思います。
現代アートをめぐる多様性や多面性は年々タテにヨコに広がっています。
著者のお二人はアートの世界で長く働いているので、次から次への現代アーティストの名前や過去の展覧会の話題が出てきます。
そのあたりのことは自分で調べないとついていけない感がありますが、まずはサラッと一読するだけで現代アートへの入口のドアは昨日までより入りやすくなりました。

 

  2、『現代アート、超入門!』
著者:藤田令伊
出版社:集英社新書
〈レビュー/2020年1月28日付〉

まずは本文より、印象に残った一文です。
〈美術といいながら、必ずしも「美」を表現するものではなくなった〉
展覧会や美術館巡りを趣味にしている人には、好きな分野やジャンルがあると思います。
いわゆる現代アートと括られる作品やアーティストが好きな方もいるでしょう。
逆に、現代アートだけはよく分からない、という人もいるでしょう。
本書は何らかの理由で現代アートを避けている人の入門書として書かれています。
せっかくの休日に、時間とお金をかけて現代アート展に行ったにもかかわらず、頭をフル回転しすぎてぐったり疲れてしまったでは悲しいです。
落ち着いて、余裕のある気持ちで作品を見続けるためにはどういう準備が必要なのでしょう?
著者は自身を美術の専門家ではなく、フツーの感覚をもってアートを見ている人と言っています。
フツーの感覚で現代アートを理解するために、著者は12人のアーティストの作品を例にして説明します。
それは12通りの現代アートの見方を紹介する入口であり、現代アート作品に対峙するときの12通りの心構えでもあります。
美術についての専門用語も少なく、スラスラと読み進めることができました。
アートの見方は人それぞれとは言いますが、そこに美しさを求めるのは万人に共通の思いではないでしょうか。
しかし、最初の一文。
私はこれを読んで少しホッとしました。
作者が「美」を表現していないかもしれないなら、眉間にしわを寄せて細目になって美しさを追求する必要なんてないんだと気付かされました。
次からは身軽な頭と心で現代アートを鑑賞できそうです。

 

3、『日本列島「現代アート」を旅する』
著者:秋元雄史
出版社:小学館新書
〈レビュー/2020年2月26日付〉

本のタイトルそのまま、日本各地に置かれた国内外のアーティストによる現代アート作品が紹介されています。その選出にあたっては、著者の秋元雄史さんのプロフィールを引用するのがよいでしょう。
【1955年東京生まれ。東京藝術大学美術学部卒。1991年から福武書店(現・ベネッセコーポレーション)に勤務。国吉康雄美術館、ベネッセアートサイト直島の企画・運営に携わり、家プロジェクトなども担当。92年からベネッセアートサイト直島のチーフキュレーター、2004年から06年まで地中美術館館長。現在は金沢21世紀美術館館長、東京藝術大学美術館館長・教授を務める。現代アート研究の第一人者として、数多くの斬新な企画を展開。現代アートの他に、「工芸未来派」展の企画など、工芸の普及にも力を入れている。(2015年)】
本書は著者が深く関わってきた現代アートの仕事をなぞるような内容です。
書籍や研究から得た知識だけではなく、実体験を伴った者が発する言葉を要所要所に感じます。アーティストの気持ちに寄り添いつつ、その作品の鑑賞者となる一般の人々にどう見えるか、その見せ方や伝え方にも気を配っています。
本書で紹介されている作品のほとんどは、恒久的に特定の場所に設置された作品です。その作品のために建設された美術館があるくらいです。鑑賞するためにはその土地に行くしかありません。待っていても地元の美術館に巡回されることはありません。
これら現代アート作品の共通点を無理やり考えてみると、それは“観る以上”だと思います。すべてではありませんが、1日の時間の経過や天候や自然現象が作品の見え方に影響を与えています。鑑賞者は意識するしないにかかわらず、そのときに出現する光や風の存在を感じます。それらを含めて作品が成立しているのです。鑑賞者に対して、目で観る以上の感覚を研ぎ澄ますように促してきます。
展覧会で観る絵は基本的に今日も明日も同じものです。それを変化させるには本人の気持ちの問題、受け取り方で左右させるしかありません。しかし、屋外型の現代アート作品を例にすると、今日が晴れで、明日が雨なら、現実的に観える景色が変わってしまいます。本人の気持ちの問題以前に、作品の見え方に変化が生じます。
ここまで割り切って、または開き直って、正解がひとつではないのだと思えば、現代アートも少しは気楽に見れそうです。

 

4、『画家名で探す 日本で見られる西洋名画』
著者:小学館「週刊西洋絵画の巨匠」編集部
出版社:小学館
〈レビュー/2020年3月15日付〉

美術館や展覧会に行けないときはアート本を読もう。
本書は小学館が刊行していた「週刊西洋絵画の巨匠」(2009年1月~2010年2月)が元になっています。
さすがに全ての画家および作品を取り上げることはできず、代表的なものが載っています。
2010年6月時点の情報のため、2020年3月においては作品名や美術館名が少し変更になっているものもあります。美術館名が変わることは諸々の事情があってのことでしょうが、作品名は訳し方によるものでしょうが、なぜ変えようと思ったのか気になります。
本書はカタログ的、ガイドブック的な内容のため、1ページ目からめくらずに好きな画家の章から気軽に読めます。パラパラとページをめくって「この絵、見たことあるなあ」と思ったら付箋をつけ、自分が持っている図録や展覧会の作品リストと見比べました。
すると、記憶から抜け落ちている作品がいくつもあることにびっくりしました。
本書に掲載されている作品のなかで、最近行った展覧会で目にしているものを数えると、
ひろしま美術館の「印象派、記憶への旅」で17作品、
国立西洋美術館の「ルーベンス展ーバロックの誕生」で2作品、
国立西洋美術館の「松方コレクション展」で11作品、
を見ているにもかかわらず、思い出せないものがありました。
展示されている作品数にもよりますが、ひとつの展覧会での鑑賞時間はだいたい1時間半~2時間くらいです。常に集中して絵を凝視しているわけではありませんが、イメージの残像は記憶の片隅は残っているだろうと思っていましたが、そんなに甘いものではなかったです。
ただ、本書のおかげで図録を読み返すきっかけにもなりました。
本棚の装飾として置かれているだけなのも申し訳ないので、復習としてとてもよかったです。

 

5、『原田マハ印象派物語』
著者:原田マハ
出版社:新潮社とんぼの本
〈レビュー/2020年4月16日付〉

アートファンにとってはお馴染みの作家である原田マハさんの印象派の画家たちにまつわる本です。

内容は数名の印象派画家を取り上げた短編小説ならびにその画家の人生の足跡。
各エピソードはとても短いですが、有名になる前の若い頃の話であったり、画家の奥さん目線で書かれてあったり、フィクションの部分もあるでしょうが、画家の素顔の一面が知れたような気になります。また、画家の年表がコンパクトにまとめられていて、生い立ちから他の画家との関係性などが分かり、自分でももっと調べてみたいと思わせられます。

フランスのノルマンディー地方をめぐった紀行文。
私はフランスには行ったことはありませんが、もし行くことができればこんな風に印象派の時代の風を感じる旅行がしてみたいです。

現在(2020年4月)、三菱一号館美術館で館長を務めている高橋明也氏との対談。
ひとつの展覧会が開催されるまでの裏側の話が聞けたり、新しい展覧会の楽しみ方の幅が広がりました。

とても盛りだくさんで贅沢な作りになっています。
取り上げている作品の写真も1ページを使って、見やすくキレイです。
原田マハさんの長編小説を読んだことのない人にとっては、アートを楽しむための良い入口となる本になることでしょう。

ところで、日本では印象派の画家や作品はとても人気があります。展覧会もさまざまな切り口で頻繁に開かれています。しかし、当時の本物の印象派展は第1回が1874年4月に開催され、その後、計8回行われました。現在では印象派と聞いて連想できる画家は少なくないと思いますが、この8回すべてに参加した皆勤賞の画家はカミーユピサロただ一人です。印象派の画家たちに影響を与えたマネは参加していませんし、モネやルノワールドガと意見が合わない時期もあり出たり出なかったり。最後の第8回目は1886年であり、ゴッホが名作と呼ばれる多くの作品を残したアルルに移住したのは1888年2月からです。当時の印象派画家の人間関係を見ていると、画家一人一人の視線から物語を紡ぐことができるので、まさに大河ドラマとして何本も制作できそうだと思ってしまいました。

 

6、『Art1 誰も知らない「名画の見方」』
著者:高階秀爾
出版社:小学館101ビジュアル新書
〈レビュー/2020年5月5日付〉

大原美術館の館長である高階秀爾氏(2020年5月現在)が、小学館版『週刊西洋絵画の巨匠』全50巻(2009年1月~2010年2月刊)で、毎号連載形式で発表されていた小論がもとになっています。全50巻ということで、50名の西洋画家が取り上げられていましたが、本書ではそのうちから24名が選ばれています。そして、3名×8テーマで分類された「絵の見方」についてさまざまな視点から解説されています。
例えば、第4章「見えないものを描く」では次の3名で構成されています。
・科学者の目で美を見出したレオナルド・ダ・ヴィンチ
・人を物のように描いたセザンヌの革新的な絵画
・音楽を表現したクリムトの装飾的な絵画
このように国や時代や〇〇派などでくくられていません。各章ともに圧倒されるような文字数ではありません。ほかの書籍ではあまり横並びにされない画家同士のつながりのため、心地の良い場面転換のように読み進めることができます。
また、いわゆる大御所だけを集めていないのもおもしろいです。例えば、印象派の代表とも呼べるクロード・モネは取り上げられず、ベルト・モリゾがいたりします。
記述内容をもとに年表化してみたのですが、はじめの一行は「1390年頃ヤン・ファン・エイク誕生」となり、最後は「1973年ピカソ死去」となりました。
さて、勉強不足の私が本書で発見させてもらったのが、ヒエロニムス・ボスです。目次は第2章「時代の流れと向き合う 時代を代弁する告発者ボス」。
目に飛び込んできた作品が、《快楽の園》祭壇画(右翼中央部分)。第一印象はシュールレアリスムみたいで情報量がすごい、でも制作年は1505~16年頃。しかも写真で紹介されていたのは「地獄」と呼ばれる右パネルの中央部分のみ。実際には3枚セットの三連式の作品でプラド美術館で展示されています。
全般的に作品写真も多くきれいに印刷されており、解説も作品主体だけではなく、画家の背景を探るものであったり、なるほどこんな風に名画と向き合う方法もあるんだなと教えてくれる1冊です。

 

7、『いちばんやさしい美術鑑賞』
著者:青い日記帳
出版社:ちくま新書
〈レビュー/2020年8月9日付〉

アートファンの方ならきっと一度は訪れたことがあるだろう有名な美術ブログ「青い日記帳」。管理人の名前はTak(タケ)さん。ご本人は美術系の大学出身ではありませんが、年間300以上もの展覧会に足を運び、そのレポートを日々、活字にされています。
本書は美術鑑賞の初心者に向けて、西洋美術7章、日本美術8章として「しっかり味わう15の秘訣」が満載しています。ここで紹介されている15作品は、いずれも日本国内に所蔵先があります。年中展示されているわけではありませんが、見る機会は恵まれているでしょう。
美術鑑賞を趣味にする最初の一歩は人それぞれです。年数を重ねるうちに、好きなジャンルが幅広くなっていくこともあれば、気に入った美術分野をどんどん掘り下げていく人もいるでしょう。私自身は地方に住んでいるので、なかなか大型企画展に足を運ぶことができません。そのため狭く深くではなく、広く浅くの美術鑑賞になっています。でも、どうしても難しく考えてしまうジャンルがあって困っていました。工芸作品です。
これまで、日本伝統工芸展や柳宗理展、北大路魯山人の展覧会などに行っていますが、自分なりに楽しめているのか疑問を感じています。もっと技術的な凄さが理解できれば良いのではないかと、勝手に思ったりしています。
そんな不安定な気分のときに本書を読んでみました。本書では3つの工芸作品が紹介されています。
1、《蜻蛉文脚付杯》エミール・ガレサントリー美術館
2、《曜変天目》(静嘉堂文庫美術館
3、《藤花菊唐草文飾壺》並河靖之(清水三年坂美術館)
こまかく内容を書くとネタバレになってしまうので控えますが、なるほど工芸作品を見るポイントや楽しめるコツが書いてあります。一言だけ言うと、工芸品は絵画よりも暮らしに身近な道具であることです。壺であれ、器であれ、置き場所と設置する部分を高台と呼ぶそうですが、その高台が大好きな人もいるらしいです。車好きのタイヤマニアとか、城好きの石垣マニアみたいな感じでしょうか?無理して全体を論じようとするのではなく、まずは小さな部分、パーツを好きになってみるという方法も知りました。
もう一歩、踏み込めない美術分野があるならば、本書を読むことできっといいヒントを得られると思います。

 

8、『漂流郵便局:届け先のわからない手紙、預かります』
著者:久保田沙耶
出版社:小学館
〈レビュー/2020年8月30日付〉

漂流郵便局の成り立ちについて、本書のはじめに次のような注意書きがあります。
「漂流郵便局はプロジェクト型のアート作品であり、日本郵便株式会社との関連はありません」
そもそもは瀬戸内国際芸術祭2013の出品作品です。しかし、2020年8月時点においても、香川県の粟島に現実にこの郵便局は存在しています。

本書は2015年2月に発行され、2020年4月には2冊目の「お母さん」に向けて書かれた手紙を主にした本が出版されています。これまでに、いくつものメディアで取り上げられてきました。その結果、全国から届け先のわからない手紙が送られ続けています。
私も少し考えてみました。亡くなってしまった人だけでなく、例えば、初めて付き合った人のこととか。本気になって探せば、宛先が見つかるかもしれません。でも、伝えたい言葉は今のその人にではなく、当時のその人に対してであったりします。

現代アートと聞くと、インスタレーションのような空間芸術が思い浮かび、それは鑑賞するよりも、体験するものと言われています。
漂流郵便局は久保田沙耶さんのれっきとした作品です。しかし、この作品は鑑賞だの、体験だの、の枠を既に飛び越え、多くの人々の生活や生き様に深く関わる存在になっています。

漂流郵便局は誰かのものではなく、誰のものでもなく、作品ですらなく、特別な使命をもった郵便局なのです。普通の郵便局であれば、郵便物や荷物を送り主から一時的に預かって、指定されたお届け先に配達します。しかし、漂流郵便局に届く郵便物は、そこに留まります。預かっておくことが肝心な役割です。

その場所をゴールと呼んでいいのか分かりません。一回で満足する人もいれば、定期的に何度も手紙を送っている人もいます。
アート作品からは、癒しや美しいものを愛でて気持ちを落ち着かせることができます。漂流郵便局はそんな心やさしい作品とはいえない面もあります。この本を読んでしまうと、溜め込んでいたものを放つ、人をその気にさせてしまう何かが滞留しているからでしょう。

 

9、『初老耽美派 よろめき美術鑑賞術』
著者:高橋明也 冨田章 山下裕二
出版社:毎日新聞出版
〈レビュー/2020年10月26日付〉

専門分野は異なりますが、長年、美術史家としてご活躍されているお三方の趣味や好みが満載の内容です。良い意味で、忖度がないような美術鑑賞の対談集です。
あるひとつの章の大見出しは、「おっぱいとエロとエロスの話」です。。。
基本的に健康面の心配を軸に(!?)、真面目でかたい内容ではなく、どんどん読み進んでいけます。特に常設展をフューチャーしている部分は納得。私は2020年1月にゴッホ展で見たゴーギャンの作品《水飼い場》を地元の島根県立美術館のコレクション展で再び見たとき、その再会に不思議な感覚をおぼえました。会期末間際で超絶混雑していた上野の森美術館で見た絵が、そこではじっと絵の前で立ち止まっていても誰の邪魔になりません。同じ絵なのに、見る場所や時間や環境でこんなにも向き合い方が変わってしまうものなのかと驚きました。
本書の”はじめに”で、
[美術は「役に立たないもの」と思っている我々が書いたこの本は、当然ながら、役に立たない本です。とにかく、本書を手にとっていただいた方は、この本を役立てようなどとはゆめゆめ思われませんように。]
と書かれています
私は今、40代前半で初老の域に達していないため、どんな美術書を開いても何かしら吸収してやろうと読んでしまっています。本書もなかなかスルーできない文章があちこちにあります。つい、線を引いたり書き込みしたくなります。アカデミックな読み物を期待している人には期待はずれかもしれませんが、居酒屋で隣のテーブルに聞き耳をずっと立ててしまうトークを聞いているみたいです。やはりせっかくなので、大いに美術鑑賞のお役に立てようと思います。